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2017年 マンガ大賞 響 ~小説家になる方法~ 感想とアレソレ

   

ちょっと息抜きに漫画感想。
4ヵ月ほど前に2017年のマンガ大賞に「響 ~小説家になる方法~」が選ばれましたね。
実は私はこの作品を全く知らず、マンガ大賞で知りつい先日ようやく初めて読みました。

作品感想

どんな作品だったか

内容は小説家になる方法というよりは、小説家の苦悩という方がしっくりくる内容。

主人公の響は天才肌で奇抜な行動をする変人。
周りは”比較的”一般人でそういった人たちが小説を書いてく上での葛藤なり、苦悩を見せていく。
そういう人たちとの比較で”響”の天才肌を際立たせているといった感じです。

響が他の人との比較で変人に見えたり、他の人の苦悩を見せている事で響の天才肌が伝わってくる作品です。
実際に小説の内容を見せられても私は分かりませんし、その内容は伝わってきません。
それよりはこういった周りの演出による方が凄さは分かりやすいですね。

昔「ヒカルの碁」という漫画がありましたが、私はそれに似た感覚かなと。
碁は私はほとんどわかりませんが、周りの人間が負けたり、驚く事によって”奇想天外な手なんだな”とか”かなり強いんだな”というのはぼんやり見えてきました。

キャラについて

話を”響~小説家になる方法~”に戻して、主人公の響はじゃ版正直あまり好きではないキャラクター。
お世辞にも好感が持てるキャラクターではないかな、と。

ただ、「不良の先輩が部室を占拠している」シーンや「新聞記者が過剰な取材している」シーンがあるのですが、そういった場面で「こんな事ができたらスカっとするのにな」と思う事が描かれていて爽快な部分もあります。
それとは別に「文芸の部長と面白い作品を言い合ってる」シーンや「有名作家の私室で作家の担当者とやりあう」シーンなどはぶっちゃけ見ていてあまり良いシーンもあったりします。
これについての評価は様々かなと。
天才肌を際立たせる演出としては良いと思いますが、見ていて気分の良いものではないといった部分もありますしね。

そして、これらの行動が響というキャラクターを魅力にさせているかというと個人的に”あまり魅力のあるキャラクターになっていない“です。
というのも行動に”筋”があるかというと個人的には感じなかったんですよね。
どちらの行動も”奇抜な行動”である事には間違いないですが、響は後々ストーリーが進むと自殺をしようとした作家に「人の評価はそれぞれである」という趣旨の事を言っています。

人の評価はそれぞれであるのは知っているが、自分の思っている事を最優先する人物であるというのなら上記の行動には説明がつくのですが、そういった人物が自殺しようとした作家にそういった言葉を言うというのは非常に違和感のある場面でした。

この場面は響は”天才肌”の人間ではなく、ただのまともな”一般人”に見えた部分でもあります。
脇役のキャラクターも個性的でキャラが立っていて、響の天才肌を際立たせる演出もしていただけになんだか非常に残念に思える演出でした。
単体で見ればカッコいい演出であるんですが、続けて読むと「えー、響がそれ言っちゃうの?」と思ってしまいました。

ただ、そういったところはあるにしろ、キャラの個性は非常にあって「あのキャラはあんなキャラだな」というのがあるのは引き込まれるキャラ作りだと思います。

ストーリーについて

ストーリーは上でも言ったように、響の作品というよりは周りのキャラクターのストーリー。
サブキャラの方に引き込まれます。

もちろんそのほとんどに響が関わっているので響中心の物語である事は間違いないですが、キャラクターとしてはサブキャラの方に感情移入します。
特に内面的な心情など「ああ、こういう場面なら自分もこう思ってしまうそうだな」というのがいくつかあります。

その場面には小説で良い作品を作る為の苦悩等が書き込まれているのでまぁどちらかというと「~小説家になる方法~」というよりは「~小説家には簡単になれないよ~」というのを見せられてる感じです。
まぁそれらを乗り越えると考えれば、「小説家になる方法」であってるのかもしれませんが。

一つのストーリとして「小説家の響が歩んでいく道」というのがありますが、話の面白さのメインは他のキャラの方にあるかなと思える作品ですね。
作品の中で「響自身が直木賞や芥川賞を取れるかどうか」といった話がありますが、そこの話も響の事よりはサブキャラの方が気になりました。

他の人の感想を見て思う

この漫画の感想を見てると面白い、面白くないと意見は様々です。
それ自体は個人の主観なので別にどうでもいいと思ってます。

ただ、面白いと思ってる人が面白くないと思ってる人の意見を真向から否定するのはなんだかなぁと思ったりします。
「ちゃんと読んでないから面白くない」とか「心理描写を読み込めないから面白くないと思うんじゃない?」とか読み手に対して苦言を言ってような感じ。
直観的に面白くないと感じるのもしっかり読むから面白いというも正直個人の感じ方の違いなのでまぁこれだけでも「何言ってるんだこいつ」ではあるんですが。

野球観戦を例にとって考えてで考えて見れば、「なかなか動きがないから面白くない」という意見と「そういった間でも細かいやり取りがあるから面白い」という意見を言い合ってるようなものです。

普段ならこんな事についての感想は書かないんですが、今回は「響 ~小説家になる方法~」の台詞で、芥川賞で落選して自殺しようとした作家に主人公の「鮎喰響」がこんな台詞を吐くんですよね。

10年小説家をやってたなら、あなたの小説を読んで面白いと思った人は少なくともいるわけでしょ。それは私かもしれない
売れないとか駄作とか、だから死ぬとか、
人が面白いと思った小説に、作者の分際で何ケチつけてんのよ。

この台詞は読んだ事ある人なら場面はピンとくるんじゃないですかね。

つまり、面白いかどうかの判断は結局受け取る人次第でそれは他人がとやかく言える事ではないって事ですよね。
私はこの作品を読んだ後に色々と感想も読んだのですが、肯定派が否定派に対して否定の意見を真っ向から否定してるのに凄い違和感覚えたんですよね。

否定派が肯定派に意見するのは別にいいんですよ。
だって、共感もしてない訳ですし、この台詞にも納得してるかどうか怪しい訳ですからね。
肯定派でも「単純に響の行動が好きだ!!」「なんかよく分からんが面白い!!」って人は否定派に対してガンガン意見言っても構わないと思います。

しかし、「共感」したって人はどうなんですかね。
「この台詞に思わず感動した!!」「行動に一貫性の筋があってカッコいい」なんて感想を持った人が果たして「他人の感想にとやかく言う」んでしょうか。
(まぁ私は行動に一貫性があるかも疑問に思ってますが)

もちろん作中でも「鮎喰響」は「つまらないものはつまらない」と真っ向うからぶつかります。
文芸部の部長である「祖父江凜夏」とは面白い作品とつまらない作品でぶつかりあって「鮎喰響」が本棚とか倒してますしね。

ただ、この作品で私が個人的に面白いと思うのは「他人の評価が絶対評価にはならない」ところをところどころ散りばめてるところなんですよね。
「鮎喰響」の作品である小説は基本的に高い評価を受けてはいます。
しかし「鮎喰響」の作品より「祖父江凜夏(そぶえりか)」の作品が好きだという人もいます。
他にも男側のメインキャラクターである「椿涼太郎(つばきりょうたろう)」も普通の人なら引いてしまうような性癖も「鮎喰響」はすんなり受け入れてたりします。

好きな人がいれば嫌い人もいる。人はそれぞれ違う。そんな事もやんわり伝わってくる作品でもあるんですよね。
普通に見れば、基地外じみた行動を取る「鮎喰響」がその代表でもありますよね。
「人はそれぞれ違うという事」と「何かに対する人の評価も違う」というのがよく描かれてて、それぞれのキャラクターにストーリーがあるんですよね。

んで、話を戻すとそういう風に「否定派の意見を否定してる人」は本当にこの漫画が面白かったの?と凄く疑問を投げかけたくなります。
この漫画を読んで、否定派の意見を否定しちゃうの?という感想を持ってしまうんですよね。
万人にお勧めするって本当にこの漫画が”読んで”そう思ってるの?、と。

上でも述べたように共感とかせずに面白かった人なら別にいいんですけど。

響~小説家になる方法~は面白いか?

結論から言うと「私」は面白いと思います。
ただ、1回読めば十分で2回も3回も読みたくなる作品ではありませんね。

普通の漫画で物足りなくなった人が選んだ面白い作品といった感じでしょうか。
私は新しめの漫画だと「ぐらんぶる」「約束のネバーランド」「煉獄デットロール」「魔法使いの嫁」「栄光のギャロップ」あたりが好きなのでこのへんの作品が好きな人は私と同じように面白いけど一回で十分かなと思うかもしれないですね。

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